Trisha Baga (via Trisha Baga)

Trisha Baga (via Trisha Baga)

"地図はある超越的な視座から見下されて制作されたものだが、領域はその視座が超越性を失い、そこに内在して様々なアクターが闘争しあう平面である。地図として見られた大地の空間は、形を変えず不変でありえるが、その超越的視点を欠いた空間は単なる領域として、あるいはテリトリーとして、アクターの闘争次第――ここでそのアクターを運動させているのは単なる資本主義的な投機性であると言っても良い――で絶え間なく変転していく無常の世界だ。"

'13読書日記52冊目 『地図と領土』ミシェル・ウェルベック - Hello, How Low?

"僕はひとつの可能性を考えています。手がかりにしたのはモーリス・アルヴァックスという、第二次世界大戦末期にナチスの収容所で命を絶たれた社会学者の記憶論です(*1)。遺された草稿から編まれた本の中で展開される彼の記憶論は奇妙なものです。彼の挙げた例をかいつまんで紹介してみましょう。アルヴァックスが、友人の建築家や歴史家と連れ立ってロンドンの街を歩いているとき、友人たちはそれぞれ、さまざまなことを教えてくれたそうです。しかし、しばらくして同じ場所を、今度は独りで歩いているときにも、友人たちの言葉は相変わらずアルヴァックスとともにあり、彼らの知識や想いもまた、一種の記憶としてアルヴァックスの心の中にあったというのです。彼はそれを、集合的記憶という言葉で捉えようとします。アルヴァックスの記憶論にあらためて注目するようになったのは、アライダ・アスマンという歴史学者の、記憶による歴史の再考について考えていたときのことです(*2)。彼女はソフィ・カルやドクメンタ13でも注目を集めたジャネット・カーディフとジョージ・ミラーらを例に挙げながら、いわゆる大文字の歴史ではなく、共有され、まさに生きられている歴史を支えるものとして、人々の記憶に注目するべきではないかと考えます。その論旨が、あまりにもアルヴァックスの記憶論と同型なことに驚きました。"

連載 田中功起 質問する 9-4:杉田敦さんから2

dsdrawing:

KAWAMURA Motonori

dsdrawing:

KAWAMURA Motonori

dsdrawing:

KAWAMURA Motonori

dsdrawing:

KAWAMURA Motonori

(Source: takashipom)

Paul Martin 
※もちろん前掲の作家とは別人

Paul Martin
※もちろん前掲の作家とは別人

Paul Martin

Paul Martin

Paul Martin

Paul Martin

Arthur Ollman

Arthur Ollman

Lyonel Feininger

これが日本では有名すぎて、他の絵画が知られてない気がする。

Lyonel Feininger

これが日本では有名すぎて、他の絵画が知られてない気がする。

Lyonel Feininger

Lyonel Feininger

Lyonel Feininger

Lyonel Feininger

(via Twitter / mochiunagi: 評判のいい飯野哲心さんの展示。確かにいい。二次元がいつまで経 …)
飯野哲心

(via Twitter / mochiunagi: 評判のいい飯野哲心さんの展示。確かにいい。二次元がいつまで経 …)
飯野哲心

ナマエミョウジ (via REALKYOTO)

ナマエミョウジ (via REALKYOTO)