髙木大地

髙木大地

門田光雅

門田光雅

大槻英世

大槻英世

大久保あり

大久保あり

宮脇晴

宮脇晴

Joseph Kosuth, Clock (One and Five), 1965. Clock, photograph and printed texts. (via One and Three Ideas: Conceptualism Before, During, and After Conceptual Art | e-flux)

Joseph Kosuth, Clock (One and Five), 1965. Clock, photograph and printed texts. (via One and Three Ideas: Conceptualism Before, During, and After Conceptual Art | e-flux)

ローラ・ホプトマン「 アンモニュメンタル 21世紀、バラバラになること」(1)


追憶

 ともすれば40年もの間途絶えていた更新を経て、再び彫刻が現代美術の言説を先導している。すべてが彫刻というわけではない。鋳造ではなく、刻まず、鋳型にも入れないある種のそれ。むしろ建てられ、縫われ、糊づけされ、結びつけられたそれ。しばしばたくさんの構成要素から成り、そのなかには見つけられたものがあり、作られたものがあり、退廃物(デトリタス)があった。こうした彫刻は、サイズにおいてはティーカップほどの小ささから小型船ほどの大きさまで幅がある。ペーパーキットほどに繊細であることもあれば、コンクリートの入ったズタ袋ほど重いこともある。それらの見かけは、ほとんど具象的なものから完全に非具象的な物まで広く多様である。しかしながら、大多数の人々は、デビューしたてから成熟期まで様々な年齢のアーティストがそうした彫刻をつくっているという事実とは矛盾した、くだらない無関心な同時代性を持ち合わせている。すべてが21世紀の産物であり、すべてが二つのはっきりと分かれた、しかし深く関連したアイデアによって記述可能である。すなわち、アッサンブラージュアンモニュメンタリティ。前者は後者を達成するための戦略であり、両方とも、選択の過剰の結果である現代の視覚文化と、それを処理すべく生まれた新たなパラダイムにおける、より広大で言葉に窮する現象の兆候である。もしも、地球上のあらゆる野放しにされたオブジェが―それ単独であろうと複合体であろうと―少なくとも理論的には彫刻的なものの一要素として利用可能なのだとすれば、彫刻をつくるという技芸の大きな部分を、フィルタリング、選別、アッサンブラージュが占めることになる。地下室でグルーガンを使う日曜大工を考えてみよ。DJを考えてみよ。検索エンジンを考えてみよ。

 彫刻をつくるのにファウンド・オブジェ用いるという戦略は、明らかに20世紀最初の20年間にヨーロッパで行われてきた実験における先行者たちの心を引きつけてきた。前形態的な素材や、別のなにかと併置された、アートの素材にすることが意図されていない断片を配置することは、アーティストでもありコレクターでもあったジャン・デュビュッフェにより、1950年代のいずれかの時期に「アッサンブラージュ」(フランス語圏の傾向に引っ張られて、第二あるいは第三音節にアクセントをおいて発音された)と命名された。しかしそれをアートの戦略として押し出したのは、1961年にMoMAにて開かれた「アッサンブラージュのアート」と呼ばれる展覧会―およびそれに伴うカタログとシンポジウム―での、ウィリアム・サイツであった。ダダ、シュルレアリスムのオブジェ・トゥルーヴェ(ファウンド・オブジェ)はもちろんのこと、パブロ・ピカソの1914年以前のコラージュの実験や、デュシャンのレディメイドに起源神話を提供しつつ、ワイマールのニヒリズムを核時代の実存主義と結びつけることによって、20世紀のネオダダというサイツの予見的シナリオは、1930年代、40年代の20年間における世界を再編成するような出来事を、1950年代の10年間とともに削除したのである。サイツの展覧会が示唆していたのは、第二次世界大戦後にまで戻ったというよりもむしろ、真の反芸術を生み出すべく続いている苦闘に参入してきた新兵として位置づけられた1950年代、60年代のアーティストたちには、アッサンブラージュは決して残っていなかったということである。実際、視覚的に比較されることが人目を引いてきたにちがいない。ホアン・ミロの1936年のオブジェと、ラウシェンバーグのコンバイン、ラウル・ハウスマンとブルース・コーナーの作品。もし仮に、今日再び「アッサンブラージュのアート」をインストールするのだとすれば、そしてまた今回の展示が、過去5年間に生み出された彫刻的アッサンブラージュ―エットール・コラとアンセルム・ライル、ロバート・ラウシェンバーグとレイチェル・ハリスンの作品ーを含むのだとすれば、私たちはこの仮像を拡張させることができるかもしれないし、古典的アヴァンギャルドが未だに私たちの間に存在しているという主張を永続させることができるかもしれない。しかし、そんなことをするのは誤りであろう。

ymyh:

花田恵理
 成安造形大学卒業制作展・進級制作展(2014.1.29~2.2 @京都市美術館)にて撮影。画像では少々わかりにくいですが、京都市美術館が開館以来現在に至るまで購入してきた作品のタイトルを一覧で並べ、購入後一回でも展示されたことのある作品には赤いコサージュが、並行して館内で開催中の「京の美・コレクションの美・明日への美――京都市美術館コレクション問わず語り」展(2013.12.14~2014.2.23)で展示中の作品には金色のコサージュが(選挙のときに各政党が当選者の名前につけるように)つけられています。
 京都市内(成安造形大学は滋賀県ですが……)の美大が卒業制作展を京都市美術館で行なうことがルーティンと化して久しく、それゆえに京都造形芸術大学が数年前から学内に会場を全面移転したことが、なぜか前時代的な制度批判として一部で受け取られるということもあったわけですが、会場の京都市美術館自体を考察の俎上に乗せた作品というのは、管見の限りで今までありそうでなかなかなかったので、驚かされることしきり。というか卒業制作展でサイトスペシフィックな作品を作ってくるという豪胆さは、他の人にも広まってほしいものです。

ymyh:

花田恵理

 成安造形大学卒業制作展・進級制作展(2014.1.29~2.2 @京都市美術館)にて撮影。画像では少々わかりにくいですが、京都市美術館が開館以来現在に至るまで購入してきた作品のタイトルを一覧で並べ、購入後一回でも展示されたことのある作品には赤いコサージュが、並行して館内で開催中の「京の美・コレクションの美・明日への美――京都市美術館コレクション問わず語り」展(2013.12.14~2014.2.23)で展示中の作品には金色のコサージュが(選挙のときに各政党が当選者の名前につけるように)つけられています。

 京都市内(成安造形大学は滋賀県ですが……)の美大が卒業制作展を京都市美術館で行なうことがルーティンと化して久しく、それゆえに京都造形芸術大学が数年前から学内に会場を全面移転したことが、なぜか前時代的な制度批判として一部で受け取られるということもあったわけですが、会場の京都市美術館自体を考察の俎上に乗せた作品というのは、管見の限りで今までありそうでなかなかなかったので、驚かされることしきり。というか卒業制作展でサイトスペシフィックな作品を作ってくるという豪胆さは、他の人にも広まってほしいものです。

Pierre Boncompain

Pierre Boncompain

(via The Palladium | Art Nerd New York)

(via The Palladium | Art Nerd New York)

(via Keiko Sasaoka/笹岡 啓子 “Volcano” | photographers’ gallery)

(via Keiko Sasaoka/笹岡 啓子 “Volcano” | photographers’ gallery)

(via Keiko Sasaoka/笹岡 啓子 “Century of the Shore” | photographers’ gallery)

(via Keiko Sasaoka/笹岡 啓子 “Century of the Shore” | photographers’ gallery)

笹岡 啓子 (via Keiko Sasaoka/笹岡 啓子 “Century of the Shore” | photographers’ gallery)

笹岡 啓子 (via Keiko Sasaoka/笹岡 啓子 “Century of the Shore” | photographers’ gallery)

三尾公三

三尾公三

"「感じたことを直接伝えるどんな方法もないから」
私は続ける。
「すべての人が」
「コミュニケーションをこの」
「絶望からスタートさせるべきなのに」"

赤坂真理『ヴォイセズ』